一期一会 ごゆっくり

  • 気づいた!哲学と落語は、案外よく似てるかも笑

    最近、哲学の本を読んでいて、ふと思ったことがある。

    「あれ、これって落語と似てへん?」

    一見すると、哲学と落語は正反対に見える。

    哲学は難しい言葉で世界を考える学問。

    落語は笑いを通して人を楽しませる芸能。

    でも、その本質は驚くほど似ている気がする。

    どちらも、人間を観察している。

    哲学者は「人間とは何か」を問い続ける。

    落語家は「人間って、ほんまにおもろいな」と語り続ける。

    アプローチは違うのに、見つめているものは同じなんや。

    落語には、欲深い人がおる。

    見栄を張る人もおる。

    意地を張って失敗する人もおる。

    聞いてる私らは笑ってしまう。

    でも、その笑いは「あの人が変やから」やない。

    「あ、自分にもそんなところあるわ。」と気づくから笑えるんやと思う。

    哲学も同じや。

    人間は合理的に生きるべきやと言いながら、感情に振り回される。

    幸せを求めながら、自分で苦しみを増やしてしまう。

    自由を望みながら、不安になると誰かに答えを求めてしまう。

    そんな矛盾を、哲学は真剣に考える。

    落語は、その矛盾を笑いに変える。

    哲学は「なぜ人はそう生きるのか」と問いを立てる。

    落語は「せやから人間はおもろいねん」とオチをつける。

    結局、どちらも人間を否定していない。

    愚かさも、弱さも、欲も、見栄も。

    全部ひっくるめて「それが人間や」と受け入れている。

    私はそこに、どこか救われる。

    完璧にならなくてもええ。

    失敗してもええ。

    考えすぎる日があってもええ。

    哲学は頭で人間を理解しようとする。

    落語は笑いながら人間を許そうとする。

    だから、この二つは遠い存在ではなく、同じ山を違う道から登っているように思える。

    山頂にある答えは、きっと一つなんやろう。

    「人間って、不完全やけど、それでええ。」

    そんなことを、哲学は静かに語り、落語は笑いながら教えてくれている気がする笑